デンマークの6月は、日照時間が長く、涼しさはありますが、気持ちよく暮らせる季節。一年で最も美しい季節と言われ、結婚式が最も多く行われる時期でもあります。
6月を代表する食材は、いちごと新じゃがいも。親近感があり、国産が最高と誰もが思っていて、6月の食卓を毎日のように彩り、明るい季節を迎えた歓びとつながっている点で共通の要素を持つ食材です。
いちごは北欧の夏を象徴するベリー類で最初に収穫を迎えます。そのままでもおいしいけれど、フレッシュな生クリームを添えると、ご馳走感がアップする、という考え方にはデンマークらしさを感じます。まったりした生クリームといちごの甘味や酸味は絶妙な組み合わせ。最近は、柔らかくホイップしたクリームを添えるスタイルをよく見かけますが、20代の頃にお招きくださったご家庭では、どこでも、いちごと生クリームが食後のデザートでした。明るい夕べ、庭のテーブルでスープ皿にいちごをいくつかそっと置き、そこに泡だてないクリームをたっぷりと注ぎ、いちごを少しずつ潰しながら、その芳香を楽しんだ記憶が残っています。焼きメレンゲに、カスタード風味のクリームとフレッシュないちごを飾った「鳥の巣」という名のお菓子も、デンマークの初夏を彩ります。
デンマークで暮らし始めた頃、料理上手のシニア世代のご婦人と食材の買い出しに出かけました。ご婦人が小粒のじゃがいもを丁寧に選んでいることに気づき、理由を尋ねたら「新じゃがは、小粒のものをさっと茹でるのが一番おいしいし、それは、とてもヒュッゲだからよ。」という答えが返りました。小さな新じゃがはヒュッゲなのか・・と驚いた記憶があります。30年経った今、八百屋さんでわざわざ小ぶりの新じゃがを選び、真剣に茹で具合や塩加減と向き合う自分がいるのですが、好みの硬さに茹で上がった新じゃがにバターを少しだけ絡めて食べながら、あぁ、幸せと笑みが溢れます。こういう感覚をヒュッゲと表現されたのだろうなと思いを馳せています。
新じゃがは、掘りたてだと、なでるだけで皮がするっと剥けます。濃いめの塩水で少し硬めに茹でると、独特のナッツのような甘みと旨味が引き立ちます。デンマークでの新じゃがの調理法は、塩茹でがほぼ一択。夕食の付け合わせにする時は、茹でたてを溶かしバターに絡めながら食べる手法が一般的です。少し多めに茹でておき、翌日、スメアブロに仕立てると、ライ麦パンの酸味とごつごつした食感が、新じゃが独特の甘みや瑞々しさと好対照で、魅力的な一品になります。同じ頃に採れるラディッシュを、燻製の香りをつけたフレッシュチーズやあさつきと和え、茹でた新じゃがにのせたスメアブロ(トップ写真)も、初夏ならではのおいしさです。
Photo: © Jan Oster
くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。2020年発刊の『北欧料理大全』(誠文堂新光社刊)では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。2024年5月『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社刊)を発刊。2024年9月と10月に発刊された『パニラ・フィスカーのアイロンビーズ・マジック』と『デンマーク発 ヘレナ&パニラのしましま編みニット』(ともに誠文堂新光社刊)でも翻訳と編集を担当している。