デンマークの10月は、紅葉が楽しめる季節です。
いつもの散歩も、重なった落ち葉の上を歩くと「かさかさ」という音が心地よく響きます。日照時間が短く、食用ではないマロン(マロニエの実)があちこちに落ちていて、きれいな形のマロンや落ち葉を集めてリビングに飾る習慣もあります。
気温は10度前後のことが多いのですが、風が冷たく、空気がしっとりと湿っているのがデンマークの秋の特徴です。天気のよい日には、秋ならではの澄んだ空気や日向ぼっこを楽しみますが、雨の日でも、少しの雨くらいは気にせず散歩を楽しむ人をよく見かけます。雨が降ると、赤や黄、橙に染まった景色の彩度がぐっと増し、まるで映画のワンシーンのような風景になります。ストールや長靴は欠かせませんが、厚手のコートを着るほどでもなく、身軽に散歩を楽しめる季節です。
散歩の途中で拾ったマロンを使って動物を作ったり、かぼちゃでランタンを作ったりと、秋には家族で手仕事を楽しみます。毛糸を使った編み物を始めるのもこの頃。「ヒュッゲ」という言葉はデンマーク発祥で、たいていは心地よいひとときやそのときの気持ちを指しますが、編み物も多くのデンマークの人々にとっての「ヒュッゲ」です。デンマークの人々は、「ヒュッゲ」を見つけるのがとても上手なのです。
冷たい風に吹かれながら帰宅すると、夏のあいだお休みしていたココアやホットチョコレートが恋しくなるのもこの時期です。デンマークのホットチョコレートは、パリのショコラショーよりもミルクが多めで、やさしい味わい。柔らかくホイップした生クリームをたっぷりとのせ、少しずつ溶けていくクリームをそのまま口に運びます。チョコレートとクリームの味が口の中で混ざり合うのがおいしいのだと教わりました。ホットチョコレートのひとときも、10月ごろから3月ごろまで続くヒュッゲです。
デンマークの学校には「秋休み」があり、10月中旬の一週間がそれにあたります。旅行に出かける人もいますが、散歩をしたり、読書をしたり、手仕事をしたりと、家でゆっくり過ごしながら、厳しい冬に向けてエネルギーを蓄える人も多いようです。秋休みは、そんな静かな時間の過ごし方が似合っているように感じます。
暗さが目立ち始めるのもこの頃で、灯りの存在が少しずつ大きくなっていきます。最近ではCO₂削減のため、キャンドルを使う機会は減りましたが、家のあちこちに小さな灯りをともす習慣は続いています。小さな灯りをともすと、心にも灯りがともったような気持ちになります。間接照明が主役の室内だからこそ感じられる力なのかもしれません。暗さをやすらぎへと変えてしまうヒュッゲの力は、厳しく暗い冬を迎えるこの時期にも大きな意味を持っています。
Photo: © Jan Oster
くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。2020年発刊の『北欧料理大全』(誠文堂新光社刊)では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。2024年5月『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社刊)を発刊。2024年9月と10月に発刊された『パニラ・フィスカーのアイロンビーズ・マジック』と『デンマーク発 ヘレナ&パニラのしましま編みニット』(ともに誠文堂新光社刊)でも翻訳と編集を担当している。