フォルケホイスコーレでデンマーク語を学んでいたころ、酪農家と結婚したニュージーランド出身のクラスメートが「来週、豚を半頭買うの」という話を始めて、耳を疑ったことがあります。
豚を頭単位で買う、という話は、田舎の風習を知らない私には新鮮でした。その後、昔は小作の家でも生まれたての子豚を春から育てて、クリスマスの月に解体し、塩漬けや燻製にした一頭の豚を大勢の家族で一年かけて大切に食べていた、という話を聞きました。
冬を越すために十分な食糧の確保が難しかった時代、豚に食糧を与える余裕はありませんでした。12月に入ると気温が低くなり、品質管理がしやすかったこと、そしてクリスマスに向けた準備の時期と重なることから、豚の解体が行われていたようです。このような環境でソーセージなどの豚肉加工品にすばらしい職人技が生まれ、塩漬けや燻製などの保存技術が発展しました。夫の母が大切にしていた料理書にも、豚の頭の調理法が何ページにも渡って紹介されています。ちなみに、デンマークでは豚は繁栄を意味します。
デンマークには、「フレスケスタイ」と呼ばれる料理があります。1cm幅の切り込みを入れた背脂つきのローストポークです。かつては、年に一度、豚を解体する月にしか食べることができない料理だった背景を考えると、その特別感が少しだけわかるような気がします。
我が家でのクリスマス・イヴの晩餐を飾るのもフレスケスタイです。紫キャベツの甘酢煮と茹でじゃがいも、キャラメルポテト、半割りんごのコンポート、グレービーソースを添えます。25日・26日はクリスマスの祝日なので、いずれかの日の午後1時から親族でスメアブロ尽くしの午餐を開く家庭が多くみられます。10種類以上のスメアブロが楽しめるように数々の品を用意するのですが、焼きたてのフレスケスタイは終盤に登場する一品で、間違いなく歓声が上がります。フレスケスタイのスメアブロは、デンマークのライ麦パン「ロブロ」を合わせるのが鉄則ですが、スメアブロ・レストランでもクリスマス前の一品として人気を誇ります。
このフレスケスタイは、近年、サンドイッチという形でも人気があります。フレスケスタイのスメアブロは、ゆっくりとした空間でナイフとフォークを使って食べますが、フレスケスタイ・サンドイッチは、カフェ的なカジュアルな楽しみ方ができます。
フレスケスタイはしっとりジューシーな焼き加減とカリカリに焼けた背脂のコントラストが身上。温かい料理として、スメアブロとして、サンドイッチとして、デンマークの味覚を語る上で欠かせない一品です。
Photo: © Jan Oster
くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。2020年発刊の『北欧料理大全』(誠文堂新光社刊)では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。2024年5月『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社刊)を発刊。2024年9月と10月に発刊された『パニラ・フィスカーのアイロンビーズ・マジック』と『デンマーク発 ヘレナ&パニラのしましま編みニット』(ともに誠文堂新光社刊)でも翻訳と編集を担当している。






