キュネルミッセ

日本では、一年で最も寒い頃とされる「大寒」を過ぎ、「節分」を境に「立春」を迎えると、暦の上では春が始まります。一方、デンマークでは、2月2日のキュネルミッセ(Kyndelmisse)が冬の折り返しとされ、寒さの頂点を示す節目として、古くから農民の暦の中で大切にされてきました。

キュネルミッセの語源は「光のミサ」。聖母マリアの清めの日、そして幼子イエスが生後40日目に神殿に奉献されたことを記念するカトリックの祝日と関連します。デンマークでも1770年まで祝日とされていました。出産後40日間は「不浄」と考えられていたことから、この日には火打ち石で「完全に清らかな火」を起こし、祝別された火は各家庭のろうそくに移され、行列で教会へ運ばれたのち、各家庭で大切に保管され、雷雨や病、出産や死など、危険が迫るときに灯されたといわれています。

デンマークには、11月1日から5月1日までを「不毛の季節」とする考え方があります。その季節の折り返し地点がキュネルミッセでした。この日を迎えると、農民たちは納屋や倉庫の飼料を確認し、残りの冬を越せるかどうかを見極めていたといいます。また、この日にりんごを食べると一年の健康が守られるという言い伝えもあり、北の国の厳しい越冬の暮らしがしのばれます。

キュネルミッセの頃になると、毎年、硬い土の中からセツブンソウの黄色い、ふっくらとした蕾が顔をのぞかせ始めます。本格的な春を迎えるまでには、まだ3か月近く待たなければなりません。この愛らしい球根花は、まるで小さな灯りのように冬景色や私たちの心を照らし、遠くからやってくる春を告げてくれます。

ファステラウンも、春にちなんだ行事のひとつです。豊穣を願い、春を呼ぶ祭りであると同時に、キリスト教で断食期間に入る前に開かれる祝宴の日でもありました。かつては農村や地域ぐるみで行われる大人のための祭りでしたが、現在では子どもたちの行事として親しまれ、仮装や「樽たたき」の遊びを楽しむ日となっています。

この日には、精製された小麦粉をふんだんに使ったパン生地でつくる菓子「ファステラウンボーラ」を楽しみます。小麦の収穫量が限られていた時代、この菓子は断食前の祝宴や春を迎える祭りにふさわしい、特別なごちそうでした。そして近年、この「ファステラウンボーラ」をめぐって、デンマークの食文化に新たな広がりが見られます。家庭や学校で子どもたちが楽しむ昔ながらの姿が受け継がれる一方、クラフト・ベーカリーでは、季節限定のスイーツとしてクオリティと芸術性を追求した華やかな一品が店頭に並び、春を待ちわびる大人の楽しみとして、新しい風景を生み出しているのです。

 

Photo: © Jan Oster


くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。2020年発刊の『北欧料理大全』(誠文堂新光社刊)では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。2024年5月『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社刊)を発刊。2024年9月と10月に発刊された『パニラ・フィスカーのアイロンビーズ・マジック』と『デンマーク発 ヘレナ&パニラのしましま編みニット』(ともに誠文堂新光社刊)でも翻訳と編集を担当している。

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