デンマークの春は、遠くからやってきます。
冬至を過ぎると、少しずつ日が長くなります。3月になると学校や仕事に出かける頃にはすっかり明るく、夕方も5時頃まで暗くなりません。長い冬の中ではうれしい変化なのですが、季節はまだ冬のまま。ダウンジャケットやブーツが手放せません。
4月下旬になると、梅の花に似たミラベルの花が咲き始めますが、3月の庭や芝生を彩るのは、スノードロップやクロッカスといった小さな球根花です。その可憐な姿は、遠い春が確かにこちらへ向かっていることを知らせてくれる、小さな春の妖精のようです。
3月も終わりに近づくと、それまでがらんとしていた園芸店も、週末にはパンジーやすみれ、水仙などの春の花をもとめる人々であふれるようになります。
家庭菜園を楽しむ人たちも、この頃になると土を耕し始めます。冷たく澄んだ空気の中で硬い土を掘り起こしていると、眠っていた大地を目覚めさせ、春を呼び起こしているような気持ちになるのかもしれません。温かいお茶をポットいっぱいに用意し、ライ麦パン「ロブロ」に野菜をたっぷりはさんだサンドイッチを傍に畑仕事に向かいますが、春を迎える準備を進める人々との出会いも楽しいひとときです。
春らしい料理を楽しめるようになるのは、5月中旬あたりまで待たなくてはなりません。昔は、それまでの備蓄がとても大切でした。3月になると、冬を越したりんごや根菜も少し疲れた様子になり、冬でも新しい芽をつけるケールも、南ヨーロッパからの輸入品にとって代わります。
食べ物が少なくなるのは、人間だけではありません。鳥たちにとっても同じです。
鳥好きの夫は、新しい年を迎えると春先まで、りんごを買ってきては半分に切り、ベランダに置きます。春から初秋にかけて美しいさえずりを聞かせてくれる鳥たちへの、小さなお礼のようなものだと言っています。
寒い時期には、りんごはすぐになくなります。けれど少し暖かい日が続くと、ゆっくりと減っていきます。虫などの餌が増え、鳥たちが食べ物に困らなくなってきたことが、りんごの減り方でわかるのです。
このベランダにやってくる鳥の中でも、とりわけ好きなのが、くろうたどりです。ツグミの仲間で、雄は漆黒の羽に黄色い嘴、雌はやわらかな茶色の羽をしています。デンマークでは春から初秋にかけて、夜明けや夕暮れに、あたりによく響く透き通った歌声を聴くことができます。
厳しい冬を越えたくろうたどりが、夜明けに再び歌い始めるころ、遠いと思っていた春が、確かに近づいていることに気づきます。
デンマークの暮らしの中で聴くくろうたどりの歌は、自然から届く、静かな春の知らせです。
Photo: © Jan Oster
くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。2020年発刊の『北欧料理大全』(誠文堂新光社刊)では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。2024年5月『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社刊)を発刊。2024年9月と10月に発刊された『パニラ・フィスカーのアイロンビーズ・マジック』と『デンマーク発 ヘレナ&パニラのしましま編みニット』(ともに誠文堂新光社刊)でも翻訳と編集を担当している。



