スメアブロとは

「わたしは卵サラダ!」「ボクはそこのレバーパテ!」
「何か頼むときは、とってください、って言うのよ。」
「お母さんとお父さん、いつもにしんスタートだね。」「ビールっておいしいの?」

デンマークの週末に家族揃って囲むランチは、たいていがスメアブロ。キッチンで賑やかにあれもこれもとスメアブロになるパーツをかき集め、皆で分担しながらリビングの食卓に運び、お皿やカトラリーを並べます。あっという間に準備完了。週末のスメアブロ・ランチは冷蔵庫にあるものだけでも心が弾みます。

 

デンマークのライ麦パンの楽しみ方の代表はスメアブロ。SMØRREBRØDというデンマーク語は『スメアブロ』や『スモーブロ』と表記できます。『スメアブロ』には魔法めいた響きがありますね。SMØRはバター、BRØDはパンという単語を指し、この二つの言葉からなるSMØRREBRØDは、語学的には『バターを塗ったパン』という意味ですが、百科事典で引くと「バターやマーガリン、ラードを塗った(ライ麦)パンに『ポレ』と総称される具をのせたもの」という説明になっています。デンマークの食文化史を辿ると、パンはライ麦パンを指し、パンにはラードを塗って食べることが一般的でした。バターは、限られた人や限られた歳時に使われる高級嗜好品だったのです。19世紀、複数のパーツによって組み立てられるSMØRREBRØDが生まれ、デンマークを代表する食文化として育ちましたが、今でもバターや油脂などを塗ったライ麦パンに何かをのせるという古来の型が基本となっています。

スメアブロにはいろいろな種類があります。ミネラルや食物繊維が豊富なライ麦全粒粉のパンが使われていて、タンパク源と野菜を手早くさまざまな形で組み合わせやすいこともあり、デンマークの家庭で最も頻繁に夕食に登場する献立です。いつ、誰と、どんな目的で食べるか、によってスメアブロの格が異なり、何から食べてどんな風に組み合わせて、という不文律が段階的に加わる特徴も興味深い部分です。

チーズやハム、ジャムやハチミツなどを塗っただけのお手軽版はおやつ代わり、お弁当もスメアブロが定番。平日、仕事から帰って何もしたくないときの即席献立として活躍するのは日常的なスメアブロ、日曜日のお昼を囲む団欒中心のスメアブロ、ピクニックにも使えるテイクアウト・スメアブロ、親族が集まり、10種類以上の料理が並んだお祝いスメアブロと、デンマークの暮らしの中では頻繁にいろいろな形でスメアブロが登場します。

 

『スメアブロ』は料理であり献立でもありますが、人とのつながりで生まれる食卓での温かい情景やそこでの高揚感や幸せ感がしっかり紐付けされています。それは、デンマークの食文化と国民性を如実に物語っているように思えます。

 

 

 

Photo: © Jan Oster

 


くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。『北欧料理大全』では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。5月13日には『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(ともに誠文堂新光社 刊)を発刊。www.kuramoto.dk www.instagram.com/sachikokuramoto.dk/