別れとスメアブロ

日本では卒業を迎える3月、デンマークではクロッカスの花がほころびます。新たな旅立ちには、別れがつきものですね。今回は、デンマークのライ麦パンをテーマにした連載の最終回ですので、『別れ』とライ麦パンの関係をご紹介します。

デンマークのライ麦パン『ロブロ』は、1000年以上に渡り、人々の糧となり人々をつなぐ役割を担ってきました。ライ麦は、冷涼なデンマークの土地でも収穫できる貴重な麦で、農村社会では、生まれたての子どもにはライ麦の粒をかけて祝福し、永眠するとライ麦の藁に横たえられ、弔問を迎えました。

ライ麦で作られるパン『ロブロ』は人生を伴走し、日々の生活に欠かせない存在でしたが、ハレの日にも重宝されました。結婚式や収穫祭などの行事には、村のおかみさんがそれぞれのロブロや、自家製バターやチーズ、ラード、塩漬け肉などの保存食を持ち寄り、数日続く祝宴の準備をしたと言われています。そして、この文化は祝宴だけではなく、人生のお別れにも代々に継がれてきました。

教会で掲げる国旗は、式の前には弔意を示すため、半旗と呼ばれる、さおの先から3分の1ほど下に旗を掲げます。そして、式の最中に魂が昇天したとされる時点で、旗はさおの先まで揚がります。
後に続くお別れ会は、喪主が葬儀に参列した人を招待する形で催されます。教会での式が午前中の場合にはロブロをベースにしたスメアブロ、午後の場合には、コーヒーや紅茶に「クリンゲル」と呼ばれるデニッシュ生地の焼き菓子が振舞われていました。

お別れに使うスメアブロは、持ち寄りのロブロと自家製の保存食品で村のおかみさんが集まって用意した時代を経て、地元のスメアブロ屋や肉屋に注文してお別れ会の会場に届けてもらうスタイルや、教会に近い食堂や旅籠屋でスメアブロをふるまう文化が生まれました。近年、お別れ会にスメアブロをふるまう慣習が簡略される傾向にありますが、スメアブロが用意されることで、思い入れや温かさを感じる人は多いようです。何層にも美しく重ねられたスメアブロはテーブルに着席する会で使われ、ナイフとフォークで一口大にすべてのパーツが一緒に口に入るように切り分けながらいただきます。立食の場合、手で食べやすい大きさや飾り方に工夫されます。お別れ会への参加者は故人と縁があった人々なので、お互いの見識がないこともよくあります。故人に想いを寄せて共に過ごす数時間は、ロブロをベースにしたスメアブロが会話を潤滑にする役割や心に温かさを添える役割を担います。昔から受け継がれてきたロブロが紡ぐ、穏やかで清らかな、美しいひとときです。

Photo: © Jan Oster


くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。2020年発刊の『北欧料理大全』(誠文堂新光社刊)では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。2024年5月『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社刊)を発刊。2024年9月と10月に発刊された『パニラ・フィスカーのアイロンビーズ・マジック』と『デンマーク発 ヘレナ&パニラのしましま編みニット』(ともに誠文堂新光社刊)でも翻訳と編集を担当している。

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