デンマークのライ麦パン

寝ぼけ眼をこすりながら湯を沸かし、ライ麦全粒パンを厚めに切って、トースターに入れる。バターを冷蔵庫から出しておく。トースターからライ麦のよい香り。今日は何を塗ろうか。はちみつかな?だったら、お茶はアールグレイにしよう。トーストの粗熱がとれたところでバターとはちみつ。ゆっくり噛み締めながら食べる。さぁ!行ってきます!朝15分のルーティン。これさえ食べておけば、お昼まで元気に頑張れる。

デンマークでは、朝、出勤や通学前に手早く用意でき、腹持ちがよいものが食べたいとき、そして、家に帰って頬張るおやつのときには、バター、ジャム、はちみつを塗ったり、チーズをのせたりしたライ麦パンが定番です。お昼にはスメアブロやライ麦パンベースのお弁当、夕食を手軽に用意したいときにもスメアブロなど、ライ麦全粒パンはデンマークの家庭で頻繁に登場する食材。手軽に食事が用意できることが大きな魅力です。ライ麦パンを楽しむ方法として定着しているオープンサンドイッチタイプのスメアブロは、シンプルなものから手の込んだものまで、さまざまな組み合わせがあります。また、人が集まる和やかで豊かなひとときを繋ぐスメアブロの食卓では、ライ麦パンがおいしい料理を支える重要な役目を持ち合わせています。家族や友人とお昼をゆっくり楽しみたいときにもスメアブロ・レストランだと高揚感がワンランク上ですし、恒例の親族会で用意されるスメアブロベースの午餐も、デンマークの人々が毎年楽しみにしている大切な行事です。

デンマークのライ麦全粒パンはデンマークの普段の暮らしにも特別な席にも欠かせない食材であるとともに、満ち足りた気持ちや幸せなひとときに紐付けされている食材です。ヴァイキングの時代から主要穀物として育てられたライ麦は人々の暮らしの糧であり、豊作を祈り、長く幸せな一生を願う対象とされました。人々は、生を受けたときにライ麦で清められ、ライ麦全粒パンとともに暮らし、ライ麦藁に横たわって一生を終えていたのです。報酬や餞別にも使われ、結婚式などの人生のお祝い時にも、収穫祭などの年間行事の祝いごとにも欠かせない特別な存在でした。1000年の長きにわたって人々の暮らしに寄り添ってきたライ麦全粒パンは、現在のデンマークでも、心地よい暮らしを支えるかけがえのないもの。さまざまな楽しみ方が脈々と受け継がれています。

今月から12ヶ月に渡り、デンマークの暮らしになくてはならない存在のライ麦パンに焦点をあて、デンマークの豊かな暮らしと食文化の一端をお伝えします。

 

Photo: © Jan Oster

 


くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。『北欧料理大全』では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。5月13日に誠文堂新光社から『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』を発刊予定。www.kuramoto.dk www.instagram.com/sachikokuramoto.dk/