7月のデンマークは、北欧独特の夏らしい、やわらかい光と澄んだ空気に包まれます。圧巻は、夕方から深夜近くまでゆっくり進む黄昏。桃や橙に染まった空が3、4時間かけて青みを帯びていく優しく美しい夏の夕べには、芝生や水辺でくつろいだり、散歩をしたり、ドリンクや食事を楽しんだり、さまざまな屋外でのくつろぎの形が存在します。
半年あまり暗く湿った冬を越さなければならないデンマークの人々にとって、3カ月ほど続く夏は太陽の恵みを謳歌する季節。厳しい冬に向けて、身体も気持ちもエネルギーをチャージする大切な時期として捉えているため、心身ともにリラックスすることを最優先させるのです。
デンマークの美しい夏を彩る食材は、各種ベリーです。6月のいちごに始まり、丸すぐり(グースベリー)が続き、7月のラズベリー、赤すぐり(グロゼイユ)、黒すぐり(カシス)、8月に真紅に熟すさくらんぼ、8月下旬の黒いちごとも呼ばれるブラックベリーと、夏にはベリー・メドレーが楽しめます。フレッシュなベリーに少量の砂糖を加えてさっと煮る方法は、デンマークの夏を代表するデザートRØD GRØD MED FLØDE(ロド グロ メ フリューデ)(*)。赤から赤紫の美しい色合いが楽しめ、各種ベリーの酸味と甘みが複雑に調和している逸品です。さっぱりと仕上げ、クリームを添えて楽しみます。
多種のベリー類を砂糖とラム酒に何カ月も漬ける手法や、それぞれのベリーを砂糖で煮たジャムには、夏のおいしさに北の国の人々の太陽の恵みへの畏敬や夏への思慕が込められているのだと知ったときには、胸を憑かれました。
もちろん、ベリーを楽しむうえでもライ麦パンは欠かすことができません。ライ麦パンにベリーのジャムと発酵バターという組み合わせは、おやつとしても満足感が高く、夕食まで腹持ちさせたいときにも頼れる食材です。
前月のコラムでは、パサつきが目立ち始めたライ麦パンは、そぼろやクルトンにしておくと便利とご紹介しました。中でもライ麦パンの甘そぼろはデンマークで古くから伝わる一品で、発酵乳と一緒に楽しむ慣習があります。デンマークでは、少し前まで、自宅で発酵乳を作っていました。夏に新鮮な牛乳を涼しいパントリーで一晩置くと、何も加えなくても牛乳に含まれる乳酸菌で自然発酵して発酵乳となります。夏にしか作れなかったため、発酵乳は夏が授けてくれる貴重な産物でした。フレッシュなベリーやコンポートなどを添えるとおいしさがアップします。ライ麦パンの甘そぼろは、夏のおいしさに深い味わいを与える大切な存在です。
Photo: © Jan Oster
くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。『北欧料理大全』では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。5月13日には『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(ともに誠文堂新光社 刊)を発刊。www.kuramoto.dk www.instagram.com/sachikokuramoto.dk/
(※)デンマークの夏を代表するデザートRØD GRØD MED FLØDE(ロド グロ メ フリューデ)は、『北欧料理大全』P.177でご紹介しています。