「僕の故郷にはね、ライ麦パン(ロブロ)で作るケーキがあるんだよ。」
夫と知り合った頃、料理上手な人に出会うと作り方を尋ねないと気が済まなかった私に、大切な秘密を打ち明けるように話してくれたのが、このケーキとの出会いでした。
「おいしいの?」と尋ねると、夫の出身地である南ユトランド地方では、慶弔の行事に用意し皆と分かち合う伝統的なケーキだったこと、夫の実家ではこのケーキで誕生日を祝っていたこと、黒すぐり(カシス)のジャムとの相性が抜群だということを教えてもらいました。夫の口調から、ずいぶんとおいしいケーキらしい、と察することができました。
それでもデンマークのライ麦パン「ロブロ」でケーキを作る、という実感が湧かず、レシピを探しましたが作業は難航しました。ようやく夫の妹が保管していた郷土資料館のレシピ集に辿り着きましたが、そのレシピを読むと、これでケーキが焼けるのだろうか・・・という疑問が先行しました。
このケーキの生地には、小麦粉やバターは使わず「ロブロをおろしたもの」や「ヘーゼルナッツをおろしたもの」が必要だと書いてありました。砂糖も黒砂糖でした。そして、黒すぐりの砂糖煮がたっぷり必要でした。
家族だけでなく南ユトランドに住む親族にも喜んでもらうようになるまで、かなりの歳月を要しましたが、繰り返し作っているうちに愛着が湧き、夫の誕生日に必ず用意するケーキとして定着しました。10歳と14歳の孫は「おじいちゃんの誕生日ケーキ」と呼び、毎年1月初旬に用意するこのケーキを楽しみにしています。サステナブルが注目される今、暮らしている地域にあるもので作れるケーキという観点からも興味深く感じます。
いくつもの失敗を経て学んだことは、このケーキには全粒ライ麦100%をライサワー種で発酵させたロブロを使わないと、南ユトランド地方の人々が納得する独特のコクがでないこと。ライ麦の発酵させた旨みをケーキのおいしさとして取り入れる、という着眼点は、目から鱗でした。この学びから、ライ麦を発酵させたおいしさや、全粒ライ麦100%で作るロブロの懐の深さに注目するようになりました。
デンマークに根強く残っている「皆で一つのものを分かち合って食べる」習慣と「食べものを食卓で分かち合うことで、喜びや哀しみを共有する」という考え方も、このケーキをきっかけに着目するようになりました。
全粒ライ麦100%をライサワー種で発酵させたパンのおいしさを、「ロブロのお祝いケーキ」でもお楽しみいただき、皆さんと分かち合って食べるという喜びを味わっていただければ嬉しいです。
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*ロブロのお祝いケーキは、黒すぐり(カシス)との相性が抜群です。黒すぐりの砂糖煮を酸味を残して仕上げるのも、このケーキをおいしく作るコツだと思います。
*ロブロのお祝いケーキは、『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社刊)でレシピをご紹介しています。P.172、173をご参照ください。
Photo: © Jan Oster
くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。『北欧料理大全』では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。5月13日には『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(ともに誠文堂新光社 刊)を発刊。この秋に発刊された『パニラ・フィスカーのアイロンビーズ・マジック』と『デンマーク発 ヘレナ&パニラのしましま編みニット』(ともに誠文堂新光社刊)でも翻訳と編集を担当している。