ファステラウンは、キリスト教に由来するお祭りです。キリストの復活を祝うイースター(復活祭)の前の40日間(※1)は悔悛の聖節で「四旬節」と呼ばれます。カトリックでは、この四旬節に、肉や魚、脂肪たっぷりの食事を避ける「断食」を行うことになっていました。そのため、四旬節の直前には、ごちそうをたっぷり食べて大いに騒ぐ慣習があったのです。「謝肉祭」「カーニバル」と呼ばれるお祭りは、この伝統に由来します。身分の高い人たちが大騒ぎを楽しむため、身分を隠すために仮面をつけ、仮装したことから、「四旬節」の直前に行うお祭りには仮装をする慣習が生まれました。
デンマークでは1536年にプロテスタントに改宗したため、断食の慣習がなくなりました。しかし、四旬節の直前の日曜日に行われていたお祭り「ファステラウン」は、地域の伝統行事として発展し、現在は、子ども向けの仮装祭りとして親しまれています。
四旬節に避けていたバターやクリーム、砂糖をたっぷりと使い、貴重だった精白された小麦で作られた贅沢なパン菓子やデニッシュは、ファステラウン時に食べる「ファステラウンボーラ」として独自の発展を辿りました。「ファステラウン」は子ども向けのお祭りとして、今でも四旬節の直前の日曜日に行われますが(※2)、「ファステラウンボーラ」は、ファステラウンの30〜40日前から楽しむ季節のお菓子として定着しています。ここ数年は、ファステラウンボーラがルネサンスを迎えたと評されており(※3)、伝統的なタイプも並ぶ中、クオリティ重視のベーカリーを中心に、芸術性の高いファステラウンボーラが競うように作られており、ここ数年は、各店の特徴的なファステラウンボーラを食べ比べするような風潮も見られます。この時期、今日は午後にファステラウンボーラを食べたから、夕食は簡単にロブロごはん、という声も耳にします。
ファステラウンには「春を呼ぶ」お祭りとしての意味合いもあります。枯れ木に紙飾りを施し、鈴をつけた枝の束をゆさぶって鳴らし、この鈴の音で遠くの春を呼ぶと言われているのです。紙で飾った枯れ木の束は、命が芽吹く象徴とも言われています。ファステラウンは変動性のお祭りですが、2月上旬から3月上旬までの1ヶ月の間に存在します。(※2)この時期のデンマークでは、遠くの春を告げる小さな球根花は咲いていますが、木々が芽吹き、花が咲く本格的な春の到来は5月まで待たなければならないのです。ファステラウンは、クリスマスと復活祭の間に位置しますが、首を長くして春を待ち侘びる季節にやってくるため、春を待ち望む行事とも言えるのです。
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※1 日曜日には断食をしない習慣だったため、実際には、復活祭の46日前の水曜日から四旬節が始まります。
※2 今年のファステラウンは、3月2日です。
※3 アンデルセングループが運営するデンマークにあるアンデルセンベーカリーで販売されるデニッシュ生地を使ったファステラウンボーラは、この風潮のきっかけとなったと言われています。
Photo: © Jan Oster
くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。2020年発刊の『北欧料理大全』(誠文堂新光社刊)では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。2024年5月『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社刊)を発刊。2024年9月と10月に発刊された『パニラ・フィスカーのアイロンビーズ・マジック』と『デンマーク発 ヘレナ&パニラのしましま編みニット』(ともに誠文堂新光社刊)でも翻訳と編集を担当している。