オーガニックデー

デンマークの4月は、ダウンコートが手放せない寒さが残る一方で、春らしい装いを楽しめる穏やかな日にも恵まれます。水仙やチューリップといった球根花が街や庭を彩り、森では新芽をつけた橅の古木の根元にイチリンソウが一斉に咲き始めます。長い冬を越えた自然が、一気に目覚める季節です。
本年度は、サステナブルをテーマにコラムをお届けします。

オーガニックデーは、放牧シーズンの始まりを告げる春の恒例行事です。オーガニック農業の規則では、通常4月中旬から11月初旬までの夏期、牛を毎日放牧することが義務付けられており、この日はその開始を祝う特別な一日となります。2005年に始まったこのイベントは、酪農家や乳業関係者の協働によって広がり、今では全国各地で開催される春の風物詩となっています。

当日は10時に農場が開放され、正午になると牛舎の扉が一斉に開けられます。待ちわびていたかのように勢いよく草地へ駆け出す牛の群れと、大地を揺らすような足音の迫力は圧巻です。特に子どもを持つ家庭にとっては、牛が放牧される様子を間近で見ることができる貴重な機会であり、日々口にするオーガニック乳製品の背景を体感できる食育の場としても親しまれています。

デンマークのライ麦パン「ロブロ」に発酵バターをぬり、薄くスライスした上質なチーズをのせたシンプルな一品は「チーズごはん」として広く親しまれています。日常の食卓に根付いたこうした乳製品も、放牧という営みと深く結びついています。

オーガニック酪農は、生物多様性を育む重要な役割も担っています。牛が牧草地を食べて回ることで草木の繁茂が抑えられ、日当たりのよい環境が保たれます。その結果、希少な植物が育ちやすくなります。また、牛の糞はフンコロガシなどの昆虫のすみかとなり、それを餌とする鳥類へとつながる生態系を支えています。さらに、牛が地面を踏み固めることで生じる裸地には新たな植物が芽吹き、植物の多様性も高まります。農薬を使用しないことも、こうした環境を支える大きな要因の一つです。

一方で、オーガニック酪農にも課題はあります。乳生産に特化したホルスタイン種やジャージー種に偏っているため、遺伝的多様性の面では改善の余地が残されています。しかし、夏のあいだ自然の中で自由に動きながら暮らすことは、動物福祉の観点で大きな意義があります。また、放牧は土壌の肥沃さを高め、生物多様性を支え、牛舎飼育に比べて環境負荷の低減にもつながるとされています。

オーガニックデーは、牛たちの放牧開始を祝う行事であると同時に、私たちの食と自然環境のつながりを見つめ直す機会でもあります。春の光の中で駆け出す牛の姿は、持続可能な農業と未来への希望を象徴しており、人と自然が共に生きるあり方を静かに問いかけてくれます。

(※)Photo: Mejeriforeningen

Photo: © Jan Oster


くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。2020年発刊の『北欧料理大全』(誠文堂新光社刊)では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。2024年5月『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社刊)を発刊。2024年9月と10月に発刊された『パニラ・フィスカーのアイロンビーズ・マジック』と『デンマーク発 ヘレナ&パニラのしましま編みニット』(ともに誠文堂新光社刊)でも翻訳と編集を担当している。

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